作品

体感/撮ること×撮られること

さほ花

毎月恒例、第一木曜に配信してますヒロさほライブは早くもvol.14。
今日は、今年1月に開催した個展『花を抱く』の解説をオンラインで行いました。
※途中切れてぐだぐだですみませんでした。

ライブ内で話したことは大きく3つ。

  • どんな感覚で撮っていたか?
  • どんな感覚で撮られていたか?
  • この作品を通じて何を伝えたかったか?
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個展のテーマは、「花のいのち」と「女性性の解放」人間でいう性器にあたる、雌しべ/雄しべ/花弁を
ぱっかり全開に放って生きる花のいのちの在り方
と🌹女性が、母として、とか社会の中での役割を通り抜けながらもありのままの「女」として💃生きることの大切さ🗽
 
それをフォトグラファーとして撮影を通じて伝えてきたさほちゃん

その彼女が撮られる側として花のそのセクシーさを全身で感じきってくれました。

僕はどんな風に撮っていたかというと、場所は決めるが基本はその日選んだお花を渡してあとは任せる。笑

彼女が花を感じていって徐々にその世界に没入していくのを見守る感じ。

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少し身体や顔の角度を変えてっていうくらいしか声を掛けません。

(あ、でもひとつ、大事にしてるのはその世界に入り込めるような空間には配慮する。)

それで、花を撮るでもなく人を撮るでもなく、花と人が交わって生まれたものを見る。
具体的にどう撮るっていうのは置いておいてそれを見ようと『意識』する。

さて、モデルさほちゃん側からは撮られてどうだったか?

花を感じていく過程でほとんど途中から没入してしまって覚えてないことが多い。

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たとえば、枯れてきたダリアで、周りが少しくたびれてくるんだけど芯の方はまだ生きようとしていて、その真ん中に向かって花びらが一枚いちまい自然の美しい形で完璧に並んで咲いているの自然美がすごいって感じていた。

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というような話をしてくれた。

やはりその時、カメラのことは意識から外れていて、花の感触とか香りとかに没頭している感じ。

女性が女性らしく、等身大でご機嫌で生きるということを撮影を通じて伝えている彼女が、撮られることで
また同じことを表現してる。

そして、この作品を通じて何を伝えたかったか?

こうやって作品としてまた個展という形で人に見てもらうのは初めてで、職業的なカメラマンから写真家ヒロとして頼まれたことではなく、頼まれもしないことを表現すること。自分のスタンスを発信すること。

花のように人間ももっと、無条件に咲いていいということを僕はモデルsahoと共に伝えていきたい。

そんなことを改めて思ったライブ配信でした。
見てくださりありがとうございます。

受け取ってくれるみなさまがいて初めて、僕はこうして伝えることができます。
本当にいつも感謝しています。

また発信していきます。